「1kgの鉄と綿ではどっちが重い?」
というクイズを出された事はありませんか。 このクイズの答えは問題の設定によって2種類あります。
単純型は、1行目の設問のまんまの言葉で聞くもので、「どっちも同じ」 が正解で「鉄」 というのが間違いです。 両方ともに1kgと言っているのですから同じ重さなのですが、「鉄の方が重い」 と答えてしまう人が案外いるのです。
もう1種類の設問は、「真空中で1kgの鉄と綿では地上ではどっちが重い?」 というもので、これは「綿」 が正解。 地上では綿は空気を含んでいるので、真空中で1kgの綿は空気中では含んでいる空気の分だけ重たくなる、と頭の体操などに書いてあります。
こんなクイズを揚げたのは、物理的には同じでも感覚的にはあきらかに違うというのがあるためです。家具には工場出荷時に完成した形になっているものと、組立てるものとがあります。 私もよく、いろいろなものを組立てるのですが、その時いつも思うことは、明らかに組立てる前よりも組立てた後の方が軽い、という事なんです。重さを量ったら組立てる前と後で重さが変化しないのはわかっています。頭の中では同じだとわかっているんですが、でもどうしても完成後の方が軽く感じるのです。それもかなり軽くなったような気がするのです。
ひとつには、梱包材の重さというものがあると思います。組立てる前の家具は裸であるわけではなく、必ず箱等に入っています。中にも傷にならないように梱包材がはいっています。その分、組立てる前に箱ごと持った重さより完成品は梱包材の分は軽くなっているのは確かなんですが、そういう事じゃないんです。 例えば180cmの棚を組立てる時、側板(縦の板)2枚を持った重さよりも完成した棚の方が軽く感じます。完成品の方が横の板の分だけ重いはずなのにです。
どうしてなのかな、といつも思っていたのですが、復活をとげた貴乃花を見ていて合点が行きました。すもうはまわしをして取りますが、あのまわしを締める意味は、ある部分を隠すためではなくて力を出せるようにまわしがあるそうです。前ミツをつかんだのではうまく力が出せませんがまわしの深い位置をちゃんとつかむと力がでます。単なる板を持つのは本当に握力で持っているという感じなのですが、完成した棚を持つ姿は、相手をお腹にのせて寄りきる姿に似ているではありませんか。 これで納得。完成品は軽くなったのではなく力を入れやすい形になったのです。
それじゃ実際問題、1kgの鉄と1kgの綿ではどっちが重く感じるのでしょうか。これはどんな形状になってるかで答えは変わりそうです。
確か家電製品から始まったのだと記憶していますが、オープンプライスというものがあります。ご存知の通り、オープン・プライスというのは商品に定価が存在しなくて、各販売店で売価のみを示すというものです。オープン・プライスというしくみは、仕入値から各お店が適正な利益をのせて店頭売価を決定するものですが、これがなかなか不便なところがあります。
新しいパソコンがほしくてお店に行ってカタログを集めたり、インターネットで調べたりしていて価格がオープン・プライスになっている時がよくあります。お店に行った場合には商品に値段がついているわけですから、それをチェックすればいいのですが、単にカタログだけを集めて家に帰ったりすると、
「このパソコンがいい感じだけど、値段は15万するのか20万するのか、いったいいくらぐらいなんだろう」
と価格の目星がつけられません。 もっとも、パソコンの場合はCPUの性能やメモリや周辺機能からおおよその価格帯は想像する事ができるかもしれません。
ところが、家具のオープンプライスとなると、値段の想像が全くつきません。パソコンなら20%ぐらいの誤差で値段の想像がついても、家具だと2倍の開きがあるなんて事も。 と、言うのもパソコンなどと異なり、性能や仕様を数値で比較する事が困難だからです。同じ大きさで同じデザインの家具でも値段や品質には大きな違いがでていたりします。 だいたい、同じデザインの家具があったとすると、片方は一方を真似した場合がほとんどです。その場合、真似をした方は必ずオリジナルよりも安い値段にしてきます。その分、材料や見えない部分の造りで質を落としたりしているのですが、外見や見かけ上のデータからでは全くわかりません。
ですから、実際に実物を見て、触って、引出しを抜いてみたりしないと価格の判断はつきません。インターネット上での家具のオープン・プライスは意味がないといってもいいと思います。
それなら、店での実売価格を載せとけばいいじゃないか、
と思われる方もたくさんいらっしゃると思います。 それはそうなのですが、オープンプライス設定になっている家具というのは店の方で、実売価格等をネット上に載せるとメーカーからクレームが来て、仕入れができなくなってしまうようなものも多いのです。
そんなわけで、当店のホームページでも、価格を載せていないものがいくつかあります。これらはオープンプライス商品のものです。お手間をとらせて誠に申し訳ありませんが、これらの販売価格につきましてはメールにてお問合せをいただきますようお願い致します。
ある家具メーカーのホームページがリニューアルされました。 そのホームページは前から、よくできているな、と思っていて、プロに頼んでいるのか社内で誰かが作っているのか知りたいと思っていました。 リニューアルされたホームページは明らかにプロの手によるものだというのがわかりました。それで、前までは社内の誰かが作っていたんだなと予測がつきました。
先日、そのメーカーの営業マンに聞いたところ、やっぱり前は社内で作っていたそうです。きっと前は、本来の業務の合間に頑張って更新をしていたんでしょう。たまにイベントが終わっても2週間ぐらいそのままだったりして更新が遅くなる事もあったのを思い出しました。
新しくなったホームページが明らかに外部のプロによるものだと感じたのは、リニューアルされたそれがすごく良くなったからではありません。 逆に、何かほしい情報を取り出そうとした時にすごく使い勝手の悪いものになってしまいました。 新しいホームページからは、商品(家具)に対する思い入れが感じられなくなってしまいました。
フラッシュのムービーを使ったりして見た目はすごくかっこよくなっているのですが、
「どう、このアニメ、良くできているでしょ」、とか
「このフレームの使い方は素人さんにはまねできませんよ」、とか
「単なる字でも、そのまま字を使うのではなくGIFの画像にすると印象が全く違うでしょ」
なんて作ったデザイナーの得意げな顔しか、そのホームページからは伝わってきません。
それが、以前のホームページでは、
「今度、こういう家具を作りました。どうかお店に行って実際に触れてください!!」
という気持ちが伝わってきていたのです。
「僕は社内業務だから家具屋さんをまわってこの家具をアピールできないけれど、ネット上で伝えられる事を伝えよう」 というものが満ちていた気がします。
プロに委託する事を決めたおえらいさん達はきっと
「写真がかわったり字が動いたりしてすごくかっこいいホームページになった。さすがプロだ。 これでホームページの効果もぐっとあがるだろう」
と思っているのでしょうが、実際の効果は僕が感じたところでは疑問です。どうせお金をかけるなら、今まで片手間で作っていた人をホームページ専任にしてあげた方が良かったと思います。
前にホームページを作る担当だった人は今はどうしているのでしょう。本来の業務に専念できて、帰宅も早くなってほっとしているのでしょうか。 それとも、リニューアルされたホームページを見て、なにかが違う、と思っているんでしょうか。 機会があったら一度、会って話をしたいと思いました。
小学校の夏休みが始まりました。昔は24日あたりが終業式だったのが今年の終業式は19日、ずいぶん長い夏休みです。自分が小学生だった頃、夏休みは必ず毎年やってくる気がしていました。何年かすれば、中学生になり、高校生になり、大学生になり、大人になるというのは理屈ではわかっていたのですが、まるでサザエさんのかつおには永遠に夏休みが来るのと同じように、自分にも毎年、同じような夏休みが来るような錯覚をしていたのを思い出しました。
小学校の時の夏休みというと、朝のラジオ体操と昼間の学校のプールが最も印象に強く残っています。海無し県の埼玉県では、今は水上公園といった県営の大きいプールとかがありますが、その頃は学校のプールが最大の楽しみでした。それが子供に聞くと、学校のプールはぬるい、とかきたないとか狭いとか文句たらたらです。時代も変わりました。
ラジオ体操も、私達の頃は、町内毎に朝集まって皆で体操をして、ハンコを押してもらったりしていましたが、今はそんな場所もなくなってしまいました。朝、子供達がわいわいがやがややっているとうるさくて眠れないとか、近所の人から苦情とかがでるようになったためのようです。 なんともいえず、さびしいな、と思っていたら近くの団地で独自にラジオ体操をやっているという話を耳にしました。最初のうちは団地の子供達だけでやっていたのが去年あたりからそのまわりの子供達も来るようになってきたと話をきき、うちの子供にも行ってみたら、と水を向けてみました。
めんどくさい、とか言うかな、と思っていたら、団地に友達がいることもあって行く、との事。子供達で元気に行ってきました。 それで、私も久しぶりにやってみるかな、と思い、今朝、早起きをしました。 でも、なんとなくはずかしくて結局、外には出ませんでした。 ただ、せっかく早起きをしたので家の中でラジオ体操をやりました。
子供の頃、夏休みのラジオ体操や運動会の時のラジオ体操をやるときに、「大人はなんで、ラジオ体操、ラジオ体操って騒ぐんだろう。こんな準備体操にもならないような運動を。」なんて思っていた記憶があるのですが、久しぶりにやるラジオ体操は、そこそこの運動量でした。 朝から、こんな運動をしちゃったら1日、持つかな、なんて思ってしまいました。 それだけ、自分の体力が落ちてしまった証拠なんでしょうが、
これはラジオ体操も馬鹿にはできないぞ、と思いました。 明日も早起きして体力をつけなくっちゃ。
先日、子供達を連れて 「少林サッカー」 という映画を観に行ってきました。 こんな選手が浦和レッズや日本代表にいたらな、とも思ったのですが今日は映画の話ではありません。
最近、映画を観に行く場所は決まっています。某スーパーの上の階にある8つもスクリーンがある、いわゆるシネマコンプレックス方式の映画館です。いろいろと便利なので、いつもこの映画館で映画を見て、下の階で食事をして帰ります。その時に、いつも気がついて、いつも 「あ、今度、この事を賢者の石に書こう」 と思いながら家に帰ると忘れてしまい、次の機会に映画を観に行ってまた気がつく。そんなくり返しをしていましたが、やっと書くのを忘れずにいる事ができました。
昔、どこかに外出している人にコンタクトを取るのはそう簡単ではありませんでした。外出予定表等をチェックして、「今ごろ、あの会社の**さんを訪問しているはず」 なんて感じでその人に電話をして 「うちの●●がそちらにお伺いしていませんでしょうか」 等とやっていた時代から、ポケットベルを持つ、というのに代わりました。
電波が届かないような場所は別として、どこにいてもこれで連絡がとれるようになりました。ただ、ポケベルでは伝えられる情報量が極端に少ないのと、ポケベルで呼び出された後に、電話を見つけないといけないのがネックでした。 でも、情報量の少なさは、学生を中心に暗号等のような言葉を使ってコミュニケーションをとる手法を編み出す、なんて効用?もありました。
でもそんな時代も今は昔、今の若者はポケベルの存在さえも知らないかもしれません。携帯電話が固定電話よりも多くなり、駅や大きな公共施設以外の場所でほとんど公衆電話を見かけなくなった今では、その存在価値は全くありません。
そんなポケベルが、今、スーパー等の食堂広場みたいなところでは第2の人生を見つけて、大活躍しているのです。まんなかに食堂テーブルがいっぱい置いてあってそのまわりをぐるっといろんな食べ物屋さんがとりかこんであるスペースで食事をする時の事、皆が皆、同じようなものを食べるのであれば問題はないのですが、個人、個人、自分の食べたいものが違う時、自分の注文した品ができた時に呼ばれるのを聞き逃さないように、そのお店のそばにいる必要がありました。でも、今はポケベルのおかげで、家族のテーブルの所で待っている事ができるようになりました。自分だけ違うものを注文したので、自分だけ皆と離れた場所で待っている必要もありません。注文した料理ができあがると、手元のポケベルがピーピーピーと音をたててくれる。ああ、なんてすばらしい事でしょう。 一番最初にこの利用法を思いついた人はすごい、と思います。
それで、いつも考えるのが、何か時代遅れになって、もう使われなくなったものでも何か新しい利用法があるんじゃないか、という事です。でも、なかなかアイディアは浮かびません。家具の分野は極端なはやりすたりはないためかもしれません。ピラミッドの時代から椅子にすわり、ベッドによこたわり、老子や孟子も机に向かって字を書いていたんですから。
さあ、次は 「スターウオーズ エピソード2」 です。エピソード2の後は、何を食べようかな。
先日、某問屋さんに行って、話をしながらボーっとそばにおいてある在庫の段ボールの印刷をながめていました。と、目がある所でとまりました。 ん?? 何か変だな、と思ってよく見るとその段ボールには
カウソター と書いてありました。
「かうそたー」って何の事? と思われる方も大勢いらっしゃると思います。でも、私はすぐに
「ああ、またか」
と思いました。 最近、ちょっとしたものは海外生産になっています。それでも、昔は箱にかかれている記号等は皆、英語やアルファベットで書かれていたのですが、最近では箱の印字から中に入っている説明書まで皆、日本語です。最も、中に入れてある説明書は日本で作成して、海外で印刷やコピーをしているようですので別に不思議でもなんでもないのですが、梱包してある段ボールは、日本から段ボールを持っていくのではなく、現地で生産された段ボールを使って現地で印刷されるようなので、時々、変な日本語を見かけます。活字とかも無いようですので、変な形の漢字が書いてあったりします。 ただ、中国や台湾の場合は、漢字はちゃんとしています。
中国や台湾は漢字までは、大丈夫だとしてもカタカナになると、他の国と同じレベルになってしまいます。
カウソター という印字は カウンターの事です。すぐには頭に浮かびませんが、そのほかにもいろいろとみかけます。特に 「ソ」 と 「ン」 なんて、違う字だとは思えないのでしょう。ですから、コンソール・テーブル なんて コンンール とか コソソール とかのようにどっちか一方の方に片よってしまったりします。現地に行っているメーカーの人は、幼稚園の子にカタカナを教えるような感じなんでしょうか。
こういう字を見慣れてしまうと、私達はもういいとしても、子供にカタカナを教えるのに苦労しそうです。
「そこは、ン じゃなくて、ソ でしょ。」
「でも、お母さん。 あの箱は、そ が ン になってるよ。」
なんて。
家具のカミゼソにはしてもらいたくないものです。
フランスの敗戦で幕を開けた2002年W杯は好ゲーム続出です。予選2試合が終わっても決勝トーナメント進出確定のチームがなかなか出ない混戦で、毎日テレビから目が離せません。全く、おもしろくなかったゲームはドイツ対サウジアラビアぐらいの感じです。
そのような盛りあがりの中、私も妻と子供達を引き連れ埼玉スタジアム2002にカメルーン対サウジアラビアを観戦に行ってきました。対戦が決まった昨年の12月の時点では、カメルーン応援一本にしぼり、半年間、カメルーンについて勉強してきました。 が、ドイツ対サウジアラビアのゲームを見てから、
「サウジよ、頑張ってくれ。アジアの一員として恥ずかしくないゲームをしてくれ。」 という気持ちが芽生え、
カメルーンには勝ってもらいたいものの、サウジの健闘を祈っているという変な心境でスタジアムに向かいました。
いつも、浦和レッズのゲームで見なれている埼玉スタジアムも、まわりの警備態勢や外国人の多さからまるで別のスタジアムのよう。ちょうどバスで到着したカメルーン応援団の一行様と一緒になり、写真を撮ったりカメルーンのチョコレートをもらったり。イギリスから来た(イングランドではなくウエールズ)という青年からはぶどうをもらいました。
中に入ると、キックオフ1時間前になってもまだ席はまばら。やっぱり全席指定だから出足は遅いようです。ま、レッズ戦でも指定席はキックオフ30分ぐらい前にならないと埋まりません。30分前ぐらいにはほとんどの人が来たようですが、やっぱり空席はめだってました。土屋知事も怒るわけです。
ゲームはサウジの健闘によって1−0というスコアでカメルーンの勝利でした。私達の席はカメルーン側だったのですが、後半はサウジにボールがまわってパスが通るたびに歓声が。サウジ選手の、国の名誉をかけたひたむきなプレイに皆、心を打たれ、同じアジアの一員という事や、日本人に多い判官びいきもあり、どっちのファンでもないけど、とりあえずカメルーンの方が強そうだから、という人達は、皆、にわかサウジアラビア・サポーターになってしまったようです。次のサウジのゲームは負けないアイルランドですが、どうかアジアのためにも、勝ち点をあげてもらいたいものです。
何でもそうですが、待っている間は今か、今か、とわくわくどきどきですが、終わってしまうと何だかさびしい。一生一度のW杯観戦も、もう終わりか、と思いながら帰路につきましたが、子供達は違う様子。日本での開催は、もう(私が生きている間は)ないとしても、子供達は、ぶどうをくれたイギリス人達のように、バックパックをしょっていっちゃいそうな感じです。きっと4年後のドイツ大会では、今回のW杯で触発された若者が数多くドイツに行くのでしょう。 あ、でもそのためには次のW杯に日本が出られないとだめですね。
頑張れ、日本!!
いよいよサッカーのワールドカップが始まります。テレビでは直前の各チームの行動や開催地の準備の模様などを連日、多くの時間を割いて放映しています。 優勝候補にあげられるチームは当然として、一番話題にのぼったチームはカメルーンではないでしょうか。
もちろん、カメルーンも優勝候補のひとつです。オリンピックでは金メダルをとりましたし、アフリカ杯でも優勝しました。でも、フランスやアルゼンチン、イタリア、イングランド、ブラジル等と比べると注目度は低かったはずです。それが、来日が送れただけでこんなにも注目度があがってしまうとは驚きです。
このカメルーン・チームの報道を見るたびに、頭に浮かぶのが
人間、万事塞翁が馬
という故事です。 もちろん主人公は中津江村でライオンならぬ馬がカメルーン・チームです。
数多くの自治体との競争を勝ち抜き、中津江村にカメルーン・チームがキャンプをはることになった時の喜び、それに伴う数々のカメルーン側からの要求や要望に対する困惑、それらを乗り越えてとうとう来日する日になった時の期待感、 それがなかなか来なくてのやきもき、来てもほんの1日ぐらいしかいられないスケジュールへの失望感等。
それが、来てみたら、滞在を延長するという話で、当初計画していた予定は、日程の変更があったにせよすべてクリア、正に塞翁が馬といってもいいのではないでしょうか。これからは、中津江村のカメルーンと言い換えてもいいぐらいだと思います。
日本での開幕戦は、そのカメルーンがロイ・キーンのいないアイルランドと対戦します。そこで快勝して、次の埼玉スタジアム2002で決勝トーナメント進出を決めてもらいたいものです。私も、カメルーンのユニフォームを購入して準備は万端。 頑張れ、カメルーン代表!
家具を買う分類に、新規、買い足し、買い替え、というように分類する方法があります。新規というのは結婚や一人暮しを始めるなど、全く新たな生活をはじめる場合で、買い足しは収納が足りなくなったから増やすとかいう場合です。買い替えというのは古くなったり、具合が悪くなったりして交換する場合です。
それらの中で、買い替えの場合には、今まで使っていた家具の処分という作業が発生します。処分する家具の種類や大きさ等によって、お客様が自分で処分される場合もあれば、引き取り処分を依頼される事もあります。
お客様が、当方に処分を依頼される場合、だいたい前もって中味をからっぽにしてありますが、一応引出しや扉を開けて見て中に物が残っていないか確認するようにしています。それでもたまに見落としてしまう事もあります。
先日、お客様に買い替えでサイドボードをお買い上げいただきました。古いサイドボードは処分してくれ、と言う事で承りました。納品に伺うと既に処分するサイドボードは中身もからっぽにして家の外に置いてありました。そのため、納品をスムーズに行なう事ができ、古いサイドボードをトラックに積んで帰って来ました。
次の日の朝一番でそのお客様から電話がかかってきました。曰く、まだ昨日のサイドボードは処分場に行っていませんか、との事。納品に行った日が日曜日でしたので、引きとってきたサイドボードは店の裏に置いてあります。お客様の話によると、サイドボードの棚の部分(ガラスなので中が見える)は全部、中味を出したけれど引出しをそのままにしてしまった、と言うのです。あれ、引きだしがあったかな、と思って裏に行って確かめてみると小さい引きだしが3つありました。家の中に置いてあるのを引き取る時は、中味がからっぽになっているかちゃんと確かめているのですが、既に外に出してあって、見える部分(ガラス扉の中)がからっぽになっていたのでちゃんと確かめずに車に積んでしまったのでした。
この場合はうっかり、という場合でしたが、何年か前に書棚を引きとってきた時に、中味はきちんとからっぽになっていたのですが、解体をしていたら引きだしを抜いた奥から封筒に入ったお金がでてきた事がありました。すぐにお客様にご連絡をしましたが、先方でへそくりに対しての一悶着があったかもしれません。
古い家具を処分に出すときには、くれぐれも中味をすべて出した事を確認してからお出しください。
パソコンを使っていると、ソフトウエアとの相性とか何かで画面が動かなくなってしまう事があります。また、ゲームとかをやっていてうまくいかなかったりして最初からやりなおしたくなる事があります。そんな時、パソコンやゲーム機をリセットして最初からやり直すという事をよくやります。 それがこうじて、今子供達は、ゲームですぐにリセットしてやり直す事ができるのになれているので、我慢ができないとか言われたりもします。
そのような文脈から読み取れるリセットという言葉の印象は、どちらかというと肯定的なひびきしか聞こえません。失敗やミスをちゃらにできるという感覚があります。でも、全く逆のリセットもあり、これは困ったものです。
近年、生産するという業務はどんどん海外に移っていっています。家具業界でも、ご多分に漏れず海外生産にシフトしているものが数多くあります。また、同じ海外生産でも、よりコストの安い地域での生産と移っていっています。円高、円高とさわがれた時にその流れは始まりました。その当初は、海外で生産されてくる商品は円高の恩恵もあり、価格破壊と呼ばれるほど値段は下がりましたが、品質も低下しました。不良による返品率も増えて来ました。返品が増えればそれがコストに跳ね返ってくるわけですから、メーカーは品質の向上をめざし、不良率も減って品質的にも安心できるようになってきました。
ところが、最近、向上してきていた品質がリセットされてしまうものが増えてきました。国内生産から海外にシフトした当初に近い品質レベルに低下してしまったのです。理由は明白です。クレームをつけられてその都度、改善を施し品質の向上を行なってきた工場での生産をやめ、よりコストの安い地域へその生産をシフトさせてしまったからです。それまで一緒に現地の人と培ってきたノウハウや信頼関係もリセットされてしまったのでしょうか。昔、子供がまだ小さかった頃、ゲームの最中にリセット・ボタンを押されてしまい、始めからやり直さなくてはならなくなり愕然としたことがありましたが、そんな気持ちです。
今まで日本人から、品質、品質と言われ続けそれに対応できるようになったら、別のところに移っていってしまう。そこで働いていた現地の人達がいだくであろう日本メーカーに対する悪い感情は、容易にはリセットする事はできないでしょう。
海外で生産をしている家具メーカーさん、どこの工場で作るのも勝手だけど、同じ商品を別の所に移すのは慎重に行なってください。店に展示してあるものと、売り越しで納品されてきた商品の品質が違いすぎちゃ売り越しなんてできないよ。