毎年、7月の初めにかわいい訪問者がやってきます。 その訪問者とは市内の中学1年生です。
職場体験という事で、市内のいろんなお店や保育園等に数人ずつが半日、店員という形で仕事の体験に来るのです。 当店にも、今年は女生徒2名が来ました。
ただ、家具屋で中学生に体験学習してもらうのは、なかなか難しい点があります。男子生徒で力がありそうであれば、ちょっと家具を持ってもらう事もできるかもしれませんが、まだ中学1年生ですし、今回は二人とも女の子です。男の子の場合は必殺家具ぶっこわしという技があるのですがこれも使えません。 ちなみに必殺家具ぶっこわしとは、お客様の所から引き取ってきた家具をハンマー等を使って小さく壊していくのですが、なかなかこれがストレス解消(中1でもストレスあるのかな?)にいいようで、うきうきして破壊活動をしています。
かといって、接客をやってもらうわけにもいかないですし、一番無難なところでとりあえず掃除をしてもらいました。 その後で、組立家具をいくつか組み立ててもらいました。
最近の組立家具は、だいぶ組立説明書もしっかりしてきているので、説明書を読みながら作れば作れるかなと思って見ていたのですが、そうもいきませんでした。
その理由は説明書で使っている用語がわからなかったからなのです。 例えば、
「カムロックを右にまわして側板を固定して下さい」
と説明書きがあるのですが、カムロックがわからない、側板ってどの板、という事になってしまいます。
説明書などを作るとき、まわりにいる人が皆、関係者ばかりだと普通の人にとってどんな用語が知ってる・知っていないというのがわからなくなってしまうんですね。
よく、パソコンの講習で 「**のアイコンをマウスで左クリックしてください」 とか言われても、
アイコンって何だ、どれの事?マウスでクリックするってマウスを画面につけるのか
なんて話も良く聞きます。
たまに、外部の素人さんをお招きするというのは、固くなりがちな発想を柔軟にする上でも、勉強になりました。
ラジオを聞いていて、ずっと前から違和感を覚えていた事があります。こんな風に思うのは自分だけなのかな、と思っていたらあの立川談志師匠がズバリ、言ってくれました。久しぶりに痛快な気分になりました。
それはどんなことかと言うと、よくラジオで
「時刻はちょうど8時34分です。」
というようなアナウンスがあります。これは8時34分0秒という意味だというのは理解できるのですが、こういうアナウンスを聞くと私は「34分はちょうどじゃないだろう。」 と思ってしまうのです。
自分の中では、ちょうどと言っていい時刻は**時か**時半までで、最大限に譲歩しても15分、45分までです。時刻のアナウンスも例えば、ちょうど8時40分です、というのであれば
「世の中には10分単位でもちょうどと考える人もいるんだな」
と思うことができるのですが、34分はどうしてもちょうどにはしたくありません。
談志師匠も同じだったようで、トーク番組の最中に女子アナが 「時刻はちょうど8時34分です。」 といったところ、
「ちょっと待ったい。なんだい、そりゃ。」 と言いました。言われた当人や男性アナウンサーも何にクレームをつけられたのか全くわからない様子です。
「どう、逆立ちすりゃ34分がちょうどになるんだい。34分っていったら中途半端じゃねえか。」
「それは34分0秒と言う事で。」
「0秒! 今の日本人ってえのは何時何分どころか何秒まで気にして生きてるのかい。ああ、やだやだ。」
それから、しばらく本来の話題をはずれて時刻の話になってしまいました。
「だいたい、34分なんて中途半端な時間はアナウンスしなくてもいい。」
「でも時計代わりにラジオを聞いている方もいらっしゃるので。」
「それなら、ただ8時34分です、でいいだろ。34分にちょうどはいらねえ。」
私はそれを聞きながら、そうだそうだ、と言っていました。
そんな事で、ちょうどという言葉に対する認識が皆、違うのだな、と思ったわけですが、実際に店で接客していてもちょうどに対する解釈に戸惑う事があります。
商品の値段交渉をしている時に、「ちょうどにしちゃいなよ。」 と言われた時、そのちょうどがいったいいくらをちょうどと考えているのかが難しいのです。
ちょうどにするというのは、端数を切り捨てるという事ですが(四捨五入にしてという人はいませんから)、下何桁を端数と考えるかでその数値が変わるわけです。
例えば、32、800円をちょうどにしてと言われて、
「それじゃ、ちょうど32,000円で」 というと 「ちょうどなら30,000円だろう」 と言われたり、
31,800円をちょうどにしてと言われて、
「ちょうどは、ちょっと無理ですが31,000円なら」 というと 「えっ、だからちょうど31,000円にしてと言ったのよ。」 となったり。
ちょうどという言葉のちょうどいい感じがなかなかつかめません。
そういえば、
サラリーマン時代の上司(東大理学部卒)のKさんが独身の時、奥さんになる人のお母さんから
「いつになったら結婚するの」 と聞かれて 「ちょうどになったら」
と答えたそうです。その時、Kさんは20代後半だったので、そのお母さんは30歳だと思ったそうですが、
「32歳になったら。」 との事。そのお母さんも私も会社の他の人達も???だったのですが
「ちょうど2の5乗。」 との事。Kさんをよく知る私たちは、「さすが2進数で飯を食ってる人だ。」
と納得したのですが、奥さんのお母さんは説得できずに、確か30歳で結婚してました。
でも、私もこのちょうど2の5乗っていうのが、すごく気にいっているんです。
4歳、8歳、16歳、32歳、64歳ってちょうど人生の節目にあたりそうな気がしませんか。
その日、私はとある団体の集会があるため、店を早引けして自宅に帰りました。かなり暑い日でしたのでシャワーをあびて着替えをしてその集会に出るべく、急いで支度をしていました。
忘れ物をしちゃ大変です。私の役割のひとつにデジカメで写真を撮るというものがあるためデジカメも鞄に入れました。確か充電はまだ大丈夫なはずだと思い、準備は万端、あとは着替えをすればいいかなと思っていました。
と、子供が 「お父さん、見て 見て すごいよ」 と私を呼んでいます。
なになに、と行ってみるとなんとかぶと虫がさなぎからでて成虫へと変身しようとしています。テレビや図鑑では見たことがあっても実際に見るのは私も初めてです。
「おー、すげーな。本当はビデオに撮っときたいけど、もうでかけなきゃいけないから、写真を撮っとこう。」
と鞄からデジカメを取り出してスイッチを入れました。

見ている間にも白い体が茶色に変わっていきます。ストロボの光を浴びても大丈夫かな、と思いながら液晶画面を見ると、何やら点滅しています。
「ゲッ、電池がない。」
とりあえずかぶと虫は撮れましたが、残量はゼロの表示。このデジカメは充電式のため、乾電池は使えません。すぐに充電器を取りに戻り家を出ました。
会場につくと、すぐにコンセントに充電器をつなぎデジカメのバッテリーを充電して事無きを得ました。
家を出るとき、子供が声をかけてくれなかったらやばい事になっていたと、ほっと胸をなでおろしました。
「かぶと虫のおかげで助かったよ。」 と友達にいうと、???という顔をしています。そこでデジカメで撮ったかぶと虫の写真を見せながら
「家をでるとき、かぶと虫が脱皮してたから、こりゃ撮っとかなきゃと思って、それでバッテリーが切れてたのに気がついたんだよ。 ね、すごい写真でしょ。」 とちょっと興奮気味に言うと、その友人は
「それって、脱皮じゃなくて羽化じゃないの。」 と冷静に返されました。
すいません、Kさん。確かにこれは羽化ですね。 でも、生で見ると興奮しちゃうんだよ、これが。
以前はあるレベルの情報を入手できる人というのは限られていて、そういう情報を入手できる立場にあるか、ないかが地位や役職にも結びついていた事もあると思います。もちろん今でもそういう部分は残っているでしょうが、ITの時代になってさまざまな情報が簡単に入手できるようになってきたのも事実です。
インターネットを使えばいろんな情報にアクセスできるという事で、インターネットができる人とできない人の間で情報格差が生じてくる。これがデジタル・ディバイドの意味だと私は理解しているのですが最近、それだけじゃないぞと思い始めてきました。
先日、取引先メーカーのホームページを見ていました。数ヶ月に一度ぐらい何か新しい事がのってるかな、なんて思いながら見ているのですがそこで新しい情報を見つけました。その内容は、当店に来るそのメーカーの営業マンからも聞いていないことでした。そこで、彼が来たときに
「そういえば、おたくって最近***をするようになったんだってね。」 と聞いたところ、
「そうなんですよ。よく知ってますね。カミゼンさんとは直接は関係なかったんで言わなかったんですけど」
と答えが返って来ました。確かにその情報はうちの店とは直接は関係が無い事だったのでそれはいいとしましょう。でも、こんな返事が返って来る場合もあるんです。
「えっ、そうなんですか。知らなかったな。帰ったら確認してみます。」
おいおい、なんでおたくの事を俺が知っててあんたが知らないんだよ、と心配になってしまいます。
会社も会社ですよね。ホームページを使って一般の人に流す情報は社員には知らせとけよな、と思ってしまいます。
私はこれもデジタル・ディバイドの一種なんじゃないかと思います。
現在では知ろうと思えばいろんな情報を入手する事ができます。が、自分で知ろうと思わないとどんどんおいてけぼりを食ってしまうんじゃないでしょうか。そこで、自分から求める人と求めない人で格差がどんどんできてしまう。こっちのデジタル・ディバイドの方が本当は深刻なんじゃないでしょうか。
いろんな会社でも、ホームページに載せたらその情報は社員も皆知っているという気になっている感じがあると思います。よそのは良く見ても自分の会社のホームページにはアクセスしないって人って実は多いんですよね。実際、この賢者の石も身内で読んでいる人はいません。うちのかみさんも、
「おたくのだんなってこの前***だったんだって」って自分の知らない事を友達から言われたと言っていたことがあります。その友人は私のこの賢者の石を愛読してくれていたんです。
今朝、新聞(朝日)を開くと2002年W杯記念のプレゼントの当選者発表がしてありました。ただし、W杯のチケットは防犯上の理由で当選者の氏名は公表しません、と書いてあります。W杯のチケットを申し込む時に同じゲームのチケットが同じ人に当たる事はありません、と書いてあったのでこの朝日新聞のチケットにはずれても、それはそれでもしかしたら自分で申し込んだ方が当たっているかもしれないという気になれるかもしれません。自分もこの懸賞のハガキをもらっていて(ジャイアンツが嫌いなので私はずっと朝日新聞です)どっちの賞を書いたっけなと思い、ある行動をとりました。
数学的には同じ確率のはずなのに、宝くじ等では全国的によく当たる売り場というのが存在しています。単純に売った枚数が多いからというのではなくて比率的にも高くなっているのですから不思議です。TOTOであれば、でたらめに買うよりも戦力分析をきちんとした方が当たる確率も高くなったりするのは納得できるのですがどうしてなんでしょうか。当店も加入している岩槻市のポイントカードのイベントで毎年、現金つかみどりというのがあります。まずくじをひいて何円玉をつかむかを決めてから、実際につかむのですが、先日ご来店したお客様が毎年500円玉(特賞)をつかんでると言っていました。こういうくじ運が強い人って本当にいるんですね。
ところで、朝日新聞の懸賞結果なのですがはずれでした。でも、これはわかっていました。だってどっちの賞を選んだんだっけと思いながら、応募ハガキを見てたんですから。そう、ハガキを書くだけかいたけど、実際に投函しなかったんです。よく言われる事ですが、宝くじやTOTO等の必勝法は、まず実際に買う事、懸賞は実際に応募する事ですよね。
一番好きな本や映画は何ですか、というような質問がたまに雑誌とかに載ったりする事があります。個人の嗜好というものは皆違うはずですが、よくベストテンとかになったりしています。自分なりに映画のベストテンを考えたり、本のベストテンを考えたりする時、ベストテンに選ぶ10作を選ぶ事ができてもそれに順位をつけるのは至難の技です。その時の気分によっても順位が逆転したりする事もあるでしょう。
そんな中で、映画でも小説でもまずベストワンを動かない作品があります。映画においてはデビット・リーン監督の「ドクトルジバコ」で、小説においてはパールバックの「大地」です。どちらも何回も映画館に行ったり読み返したりしました。
そして先日ビデオ屋さんで「宋家の三姉妹」という作品を借りてきたのですが、これを見てびっくり!! なんとまあ、ドクトルジバコと大地を足したような作品だったのです。すぐにお気に入りの作品になってしまいました。でも、ここで誤解をさけるために書いておきますが、ストーリーはドクトルジバコとも大地とも全然違います。でも、この映画がもっている匂いがドクトルジバコそっくりで、登場人物の感じが大地のそれと似ている気がするのです。あるでしょ、そういう事って。例えば映画の「砂の器」と「愛と哀しみのボレロ」も、ストーリーは全く違うのに私的にはすごく似ている作品に見えるのです。
どちらにしてもマイ・ベストテンに入る事は間違い無し。皆さんも是非、観てみてください。
こういう作品は本当は、映画館で最初に出会いたかったなと見ながら思ったのですが、ビデオを見ながら2回もトイレに行きたくなってしまいました。ビデオだと止めておけるけど映画館じゃそういうわけにもいきません。年とってくると長い映画は観にいくのに躊躇しちゃうんですよね。
先日、回転椅子の肘がぐらついてどうしようもなくなってしまった、という問い合わせをお客様からいただきました。 「ネジがゆるんだのだと思いますので、すぐに直ると思いますよ。」 と答えたのですが実物を見てびっくり。確かに原因はネジのゆるみだったのですが、緩んだ状態でかなり長い間使っていたらしくネジ自体が曲がってしまって締め直す事ができなくなってしまっていました。こうなるとネジを取っちゃうのも一苦労。なにしろネジがまっすぐでないのでドライバもうまく使えません。どうにか古いネジを取り外したところ、メスネジの谷は損傷が無いようでしたので新しいネジに付け替えてどうにか修理できました。
本当なら、ドライバひとつで1分もかからないで直るはずだったのにずいぶん手間がかかってしまいました。回転椅子の肘だけに限らず、テーブルの脚やちょっとした棚類等、ネジを締めて使っているものがたくさんあります。納品した時には固く締めてありますが、ネジというのは使っているうちにどうしてもゆるんできます。そんな時にそのままにせず、ネジを締め直してあげれば家具というものはかなり長持ちをするように作られています。ネジがゆるんだ時にそのままにしてしまいますと、いろんな部分に無理な力がかかりやすくなりネジとは関係ない部分もガタつきはじめてしまったりします。
ですから、これを読んでいる皆さんも、ちょっとグラついてきたなと思ったらネジが締まっているかどうかをチェックするよう習慣付けしましょう。ドライバーや六角レンチがなくて締められない場合は、お気軽に購入先の家具屋さんに声をかけてください。こんなちょっとの事で来てくれるかな、とか、嫌な顔されないかな、なんて思わずにとにかく早めに言ってください。多分、嫌な顔をする家具屋さんはほとんどないはずです。だって、どうしようもない状態になってから「どうにかしてくれ」と言われる事ほど大変な事はないんですから。
なんとも物騒なタイトルですが、全然やばい話ではありません。 ホームページの更新をしていて来月のわくわくカードのイベントを記入していました。6月のイベントは組合加盟店の中の飲食店で使用できる商品券を差し上げようというものです。それで、組合から来た連絡どおりに 「かめいてんおしょくじけん」とパソコンに入力したところ、加盟店汚職事件と表示されたのです。本当は加盟店お食事券なのですが、思いっきり笑ってしまいました。
この例は笑って済ませられるものでしたが、いろいろな連絡事項がワープロ文書やメールになってから誤字がすごく多くなってきたと思うのは私だけでしょうか。今の漢字変換ソフトはかなり賢くなってきていますので勝手にどんどん漢字に変換してくれます。それらはだいたい正しい漢字であったりするのでついつい変換された漢字のチェックを怠ってしまうという事になるのでしょう。自分でもたくさんの文章を書いていますが、きっと気がついていない誤字もたくさんあるかもしれません(もし、発見したら教えてください)。 それはそれで
「もっと注意深く推敲しようね。」 なんて思ったりするのですが、 最近、それを逆手にとって
ワープロソフトが間違って変換したようにみせかけてわざと違う字を使っているような感じを受けるものがあります。今、この場で実例が思い浮かばないのですが疑わしいけど確証はありません。
つい、この間も とある掲示板で私に対する書きこみで名前まで間違って(読みはあってる)書かれたメッセージがありました。自分ではかなり、ムカッと来たのですが悪気があって書いたとは思わなかったので何も書かずにいたのです。そうしたら、全く別の人がその人に対して、きちんとした漢字を使うようにと注意をしてくれました。
知らないうちに自分でも似たような事をしているかもしれません。漢字変換には皆さんも注意してください。
それにしても、Tさん、言いたい事を言ってくれてありがとう。
皆さんはTOTO(サッカーくじ)を買った事がありますか。
私は全国版が始まってから1回もかかさずに購入をしています。毎回、自分なりに戦力分析を行い頭を悩ませながら予想をたてているのですが13試合のうちで1試合だけ予想をしない試合があります。
それは浦和レッズ戦で、このゲームだけはとにかくレッズの勝利の1点予想のみ。
過去にレッズが勝っていれば三等(2ゲームはずし)になっていたなんて時もありました。
そんな私が一番恐れていた事は、仮にレッズのゲーム以外の試合が全部予想通りでレッズが負けて一等を逃す事でした。もし、そんな事があったら私はレッズを嫌いになってしまうのだろうか。なんて思ったりしていたのですがついにそれが実際に起こってしまいました。
2001年5月19日に行われた第12回のTOTOで11試合中11試合全部的中。浦和レッズ対ガンバ大阪戦、FC東京対アビスパ福岡戦を残すのみとなりました。その日、浦和レッズ戦はBSで中継ありという事で私は心臓をドキドキさせながらテレビの画面を見ていました。前半、ニーノブーレに2ゴール決められて0−2で負けていたレッズは後半、フリーキックからのリスタートに伊原が合わせて1−2。まだ時間はたっぷり残っていました。 こ、これは一等が当たるかもしれない。普通のレッズの試合でも2軒先の家から、ああ今日は齋藤さんちはサッカーを見てるんだ、とわかってしまうほど声を出してしまう私。そうこうするうちにFC東京対アビスパ福岡戦は福岡の勝ちとのアナウンス。
こ、これで二等は確定。あとはレッズが逆転すれば。
チッタ監督は最後には岡野も投入し逆転を狙いましたが結局 1−2でレッズが負け、私のTOTO初当たりは二等となりました。ああ、レッズが勝ってれば一等だったのに。
次の日、新聞を見ると、一等賞金は22,290円で、二等は793円でした。当たるのには当たったけれど、元もとれませんでした(使った金額は1000円)。でも、正直ちょっとホッとしました。これが一等が1億円の時だったら浦和レッズを嫌いになっちゃったかもしれません。一等が2万円ではレッズへの想いはびくともしませんでした。
これからもレッズ戦は1点買いで行きます。頼むから勝ってね。いつかは今期のジュビロみたいにトトラーの期待に応えられるようになってね。
最近、食器棚の下段の部分が引出しになったものがいろいろとでて来ました。従来は食器棚の下段は中の見えない扉になっているのがほとんどでした。出し入れを行う体勢からも、その部分には普段使う食器を入れておくよりも、たまにしか使わない食器のセットや大きなお皿、またはお砂糖等の買い置き等を入れておくのが一般的だったと思います。
そこの部分を引出しにして普段使う食器も下段にしまえるようにしよう、というのが引出し式の発想です。棚になっていると奥のものを取り出すのに前側に置いてあるものをどけないととれませんが、引出し式なら奥に入っているのも簡単に取り出せる等のメリットもあります。また、最近のシステム・キッチンでも引出し式の食器収納が採用されていますので、一般の食器棚にもそのような需要がおよんでも不思議ではありません。
そこで、私もいろいろと引出し式の食器棚を検討してみましたが、私としては
お金に余裕がある人は別だけど、まだ手を出すにはちょっと早いかな、
というのが結論です。お金に余裕がある人は別、という意味は、引出し式の食器棚はまだ高価、だという事です。
えっ、そんな事ないよ。 ○○で安い引出し式の食器棚を売ってたよ。
と言われる方がいらっしゃるかもしれません。しかしながら、引出し式の食器棚に関しては、安いものは危険がある、という事に気付いてください。
あなたは食器棚の棚には一段あたりどのくらいの量の食器を入れていますか。かなりの重量になるはずです。耐荷重テストの基準としては10cm四方あたり1kgという値があります。それを基に考えると幅90cmの食器棚の1段あたりの食器の重さは25kg以上と考えられます。整理タンスの引出しのように途中まで引き出すのと違って、食器を入れる引出しだと引出しが全部引き出せるのが理想です。つまり、引出しを全部引き出して25kgの荷重に耐えられるスライドレールが使用されていないと引出しが食器の重みではずれかねないのです。さらに引出し式だとより多くのお皿などを積み重ねてしまいそうです。 実際に、システムキッチンの引出し部や高価な引出し式食器棚では、**社製のダブルスライドレールを使用、なんてうたってあります。
このレールが、見るとやっぱり頑丈そうでスムーズに使えそうなのですが、高そうなんです(実際にいい値段がするらしい)。 それがきゃしゃなシングルレールを使ってあったりすると、店で見た時は良くても、実際に使いはじめた時に、あんまり量を入れると引出しがはずれちゃいそうで入れられない、なんて事になりかねません。
そんな事から、量産効果でスライドレールの価格対性能比が下がってくるまで待ってもいいのかな、と個人的には思っています。
でも、すぐに引出し式の食器棚がほしい、という方はスライドレールのチェックだけは必ずして下さい。少なくともシングル・レールのものは引出しも全開できないし耐荷重も小さくなりますから避けた方がいいと思います。